ベンゾの減薬ゲストハウスが欲しかった

減薬を始めて丁度1年が経った。私は1月11日に既に断薬を完了し、断薬後7ヶ月が経ち、まだ回復半ばの状態だ。

減薬前は、何が起こるかわからず本当に怖かった。医者は無責任だし、そばに相談できる人はいない。私は、減薬前に、同じように減薬する人同士が集まって情報交換しながら支え合えるような施設、病院、ダルクのような場所を探し回った。しかし、アル中や麻薬のダルクは存在しても、ベンゾや向精神薬向けのダルクは存在しない。

私は、減薬初期にそういうところがあったらベンゾや向精神薬で苦しめられる人達にとってどれほど心強いだろうと思うのだ。

今、減薬開始前後のことを思い出すと、よくあの状態で実行できたなあと思う。当時は、向精神薬の副作用が堪らず離脱という言葉さえ知らずに、2ヶ月程で大量の向精神薬を減薬し、臨死状態になってから4ヶ月くらいしか経っていなかった。しかし、それがきっかけで離脱という言葉を知り、不眠症の本当の原因はストレスや過労という実は誰にも成否をつけ難いテキトーな原因ではなく、睡眠薬自体が不眠症を悪化させている原因なのだと確信し、減薬こそ最後の治療法と結論づけた。

そして、減薬という治療法に試行錯誤を繰り返しながら実践していくわけだが、医師は減薬など手伝ってくれるわけがない。案の定、相談したら「減薬の具体的な方法はわかりません。僕の立場では、アッシュトンマニュアルは眉唾なんdねすよねえ。」と、断薬の相談をあっさり断られた。まあ、医師に減薬の相談をすることに反対はないが、99%以上不可能だと思ったほうが良い。なぜなら、彼等こそ薬害不眠症の元凶だからである。私は不思議に彼等に何の恨みも持ってはいない。彼等は自分の事業で儲けたいだけなのだ。それ以上のものでも、それ以下のものでもないと思っている。

最初の3ヶ月は試行錯誤の繰り返しだった。減薬の方法は、これでいいのだろうか?減薬をした時、発症するこの症状は離脱なのだろうか?、なんで日中と夜で様態が違うのだろうか?、減薬はどのくらいかければいいのだろうか?など、毎日、変化の中で対処法がわからず、何度も壁にぶち当たった。特に、複数の半減期が短く、力価の高い睡眠薬をどのような順番で、どのくらいに分けて減薬するのかさっぱりわからなかった。そのため、減薬中期にはとても苦しんだ。

こんな時に、減薬経験者が付き添ってくれて、安く共同生活できるゲストハウスのような場所があったら本当に楽だったと思う。病院やダルクは、雰囲気的に好きではない。できれば、ゲストハウスのようなところで十分だと思う。もしかすると、湯治場的なところでも良いかもしれない。10年くらい前に、旅館が満杯で湯治場に止まったことがあるが、味気なくて、なんでこんな所に泊まる人がいるのかと不思議だったが、ゲストハウスのように共有スペースがあって、テレビが見れたり、本が読めたり、話せたりすれば、宿泊期間もそれ程辛くはないだろう。

できるだけ安く、安心して、長く滞在でき、本当に動けない時はそこに逃げ込める場所が、減薬時期は欲しかった。もし、そういう施設があったら私は休暇申請して、おそらく1ヶ月くらいお世話になっていたに違いない。

国は、ベンゾの離脱を病と認めていないのでそういう施設もできないし、もちろん施設もない。NPO法人もできないだろう。それは、国の否を認めることになるのだから。しかし、減薬中に宿泊できるゲストハウスは本当にほしかった。皆さんは、減薬中、そんなことを考えなかっただろうか?

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