セロクエル 断薬と離脱症状

私が眠剤を断薬しようと思ったきっかけは実は、向精神薬であるセロクエルとリフレックスの副作用と断薬後の離脱で死に直面した向精神薬の恐ろしさを知ったからだ。

セロクエルは、2017年8月にタイのMaranom Hospitalというバンコクで有名な精神科専門病院でリフレックス、Deanxit、circadin

などと一緒に処方されたのが最初だった。

担当医のチャッカリン医師の見解だと、眠剤は依存性が高く、向精神薬に替えた方がいいとのことで、眠剤とすべて止め、向精神薬を服用し始めた。

詳細は省くが、この4種類の薬を処方された2~3日は、なぜか気持ちがハッピーになり、5~6時間眠れた。しかし、その後とてつもない副作用を2週間体験する。あれほどの、副作用は未だに味わったことがない。そして、その後も体調はどんどん悪化していき、10月頃には既に睡眠もとれなくなってきていた。

2017年12月に再びMaranom Hospitalで副作用がひどいことと、不眠が悪化したことを説明すると、セロクエルとリフレックスを増薬するとの診断がされ、薬が処方された。僕は、通院用に1週間借りた安ホテルから近くの公園にジョギングに出かけ、汗でびっしょりになりながらベンチで半日考え、自己判断で大量に処方された6か月分の向精神薬を飲むのを止めた。

12月はもう殆ど眠れなくなっていたので、1月から2カ月弱ほどかけて、Circadine→Deanxit→セロクエル→リフレックスの順で断薬していく計画だった。

CitadineとDeanxitは、1日目ですべて断薬した。これで3日程様子を見たがなんてもなかった。事前にタイの医師にも聞いていたが、CitadineとDeanxitは殆ど作用も副作用も感じていなかったので、離脱もなかったのだと思う。

そして、セロクエルを4つに割って、1/4づつを3~4日かけて減薬していった。結論から言うと、これは減薬期間が短すぎたと思う。やはり、1%づつやって、様子をみながらスピードアップしていくべきだった。

そして、セロクエルを2週間程度かけて断薬した頃にいきなり頭を強打されたように離脱が発症した。

一番、強烈だったのは背中の硬直だ。これはその後、首や肩に遷移していくのだが、凝りとは違い、痛さの強弱が全くない痛みだ。寝ていても、起きていても、動かしていても辛かった。

次に辛かったのが、焦燥感、恐怖感、訳の分からない不安など精神疾患的な離脱だ。ある日、冬季オリンピックでスピードスケートを見ていると、口から魂のような白いものが出ていくのが客観視できた。あれは、なんだったのだろうか?本当に怖い体験だった。

肩の硬直と並んで辛く、長期間続いたのが慢性便秘だ。今までもベンゾで便秘はしていたが、便秘が何日か続くと下痢をして、また便秘をするということを繰り返していた。しかし、セロクエルを断薬して以来、便秘はほぼ常態化してしまった。食欲はなくなり、そのうち、喉にブツブツのようなものができた。

他にもありとあらゆる体調不良や精神不良があったが、離脱のクライマックスはアカシジアだった。これも、リフレックスを断薬する前におこったので、セロクエルの離脱だったと思う。アカシジアはきつかった。この世の終わりを思わせるものだった。とにかく、じっとしていられないのである。夜も昼も、歩き続けないと平静を保っていられないのだ。土日には、なんとかリラックスしようとカフェに行ったりもしたが、10分とじっとしていられなかったのを今でも覚えている。会社でも午前中だけで5回以上、外に徘徊しに行っていた。さすがに、この時期は、午後3時までしか働くこともできず、月に5日くらい休暇を取っていた。アカシジアの最悪期は3週間くらい続いたと思う。そのうち2週間は、毎日自殺ができればどれだけ楽だろうと考え、インターネットで自殺する情報を集めていた。あれが、すべてセロクエルとリフレックスの離脱症状だったと思うと、本当に怖いことである。

そして、向精神薬4種類の離脱はその後、眠剤の減薬時まで続いていた。眠剤の減薬に踏み切ったのが2018年7月28日なので、5カ月後でもまだ離脱が残っていたのである。肩の激痛は、その時のものがいくらか残っているのかもしれない。

タイの精神科でとんでもない不眠症の向精神薬治療を受け、1つだけ良かったことがある。それは、睡眠薬を含む向精神薬は、とてつもない離脱があるということだ。

僕が初めて体で離脱を感じたのはセロクエルの断薬時である。

それまでは、離脱があったのかもしれないが、おそらく副作用、不眠から来る不調、加齢から来る不調と勘違いさせられていた。睡眠薬は減薬すると不眠が直球で発症するので他の不調を覆い隠してしまうところがある。

しかし、セロクエルのとてつもない離脱で、これは副作用や不眠、加齢から来る不調ではないとはっきり確認できた。向精神薬というのは、離脱症状というとんでもない爆弾を内包しているのだ。ある意味、セロクエルがこのことを教えてくれた。

いつから、どうやって、誰の手を借りて眠剤の減薬を実行すればいいのかは、わからなかった。しかも、絶不眠にどう対処していくのか、対処できるのだろうかも全くわからなかった。しかし、精神科に通院していても不眠症は治らないばかりか、不眠がどんどん悪化し、最終的には希死念慮に取りつかれることだけははっきりした。

これほどひどい目にあっても、離脱を体系的に理解できたのは、2018年7月にはいってからだった。ハルシオン0.5㎎とデパス3㎎を限界服用しても入眠できなくなり、すすきのメンタルクリニックに相談すると、また他の向精神薬をいくつか試そうと提案してきた。いくつか向精神薬を試したが、具合が悪くなるだけで、入眠できなかった。

僕は精神科で不眠症を治療するのを諦めるしかなかった。7月に休みをとり、ネットで離脱症状や断薬について調べまくった。そして、2018年7月28日から断薬という治療を自ら始めたのである。

セロクエルは、僕にとって最悪の毒薬だったが、皮肉にもその離脱の酷さで、僕に断薬を思い立たせるきっけけになった薬でもある。

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